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2009年8月

掃除機

私は料理は大好きですが、掃除はあまり(?)好きではありません。
なので、掃除機も自宅にありません。

といっても掃除をしていないわけではなく、
コロコロとクイックルワイパーと雑巾、端切れで、掃除をしていました。

だから先日会社で掃除機を使おうとしたらスイッチの入れ方が分からずちょっと焦りました。
最後に掃除機を使ったのが5年前である私には(掃除機は8年前に購入)、強さの調整の所の進化についていけませんでした(/_;)


そんな私はあるときから、もっと環境負荷の少ない掃除器具が欲しいと思うようになりました。

それは電気も使わず、紙ゴミも出ない、昔からある掃除器具、そう「ほうき」です。
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目に見えるゴミをちゃんととれるし、掃除した感があって、小学校の掃除の時間みたいでなんか楽しくなります。

苦手なものは楽しんでやる工夫をすればいいのに、なぜか根性で我慢して気合いでやらなきゃいけない世の中って変ですよね。


汚いものには蓋をしちゃうのも、一見良くなったように感じても本当はよくならない。


ちゃんと現実を見て、目指すべき未来像をイメージして、それに向けて対策をしていく。

そういうトレーニングをみんなが普段から出来れば、日本の将来を考えるのも、選挙のマニュフェストを考えるのも判断するのも、分からない…じゃなくなるかもしれない。

私はエコで楽しい掃除をイメージしたら、天然素材のほうきにたどり着きました。
電化製品の会社のCMに洗脳されなくてもいいのです。
掃除器の後ろから出てくる空気が嫌だったら、新しい掃除器を買うことも出来るけど、それを使わないという選択だってあるはずなのです。
買わないと経済成長しないって言われるかもしれないけど、私達の身長がある程度になったら止まるように(私はなぜかまだ成長中ですが)、経済だって成長し続けることを前提にしているのって変だと思います。

…尾道で買ったシュロのほうきから、色々なことを考えたのでした。

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財政分析

財政ってなんだか近づきにくくて、よく分からないから近づき難い…というイメージじゃありませんか?

私はこの土日、そんな思いを払拭すべく、市民による財政分析の講義を福山で受けていました。

講師の大和田先生は、環境のことがご専門で、でも今は財政分析の講演依頼が多いという方で、とても分かり易くみんなの財政用語アレルギーを治した上、財政分析をしたくさせてしまう素敵な先生でした。

微生物の研究をされていた、私の大学院生時代の飲み仲間の先生に雰囲気が似ておられて、すっかり懐いてしまいました。

私は乗り物運がまるでなくて、電車で夜を明かしたこともあるのですが、昨日も家に帰ろうと思ったら、三原−白市が大雨のため不通と、糸崎駅で言われ仕方なく福山に戻り、一泊しました。

でも、その他の運は抜群で、昨日は知り合いが泊まっているホテルの部屋に相部屋にしてもらいいろんなお話を聞かせてもらえました。それに昨日も今日も勇気と元気が湧くようなお話をいっぱい聞かせてもらいました。

そんなにたくさんはお話出来ませんでしたが、
私もお酒の話や鞆の浦、福山城、宮島など歴史的に、また環境面で面白いことなど色々お伝えしました。

ミミズを飼ってるお話や、メダカの大量死、コクワガタの昇天などもお話したのですが、
最後にその先生が、「あさみんは自分の30年前にやってることがそっくりだ!?多趣味なのはいいことだよ」と言って下さったのが嬉しかったです。

たった一言で、人は報われます。
落ち込みもするし、元気にもなる。
だから、若者を育てようとして下さる方がおられるのは、とっても嬉しい事です。
ただ、それを受けれる若者が少ないのが気になりますが…。

そんな2日間で、先日までの落ち込みが信じられないくらい、パワーが満ちてきました。
やっぱり心が元気なことって重要です(o^_^o)

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大量死

先週の土日に、花火大会を見に行きました。
大きな花火大会じゃなかったけど、浴衣を着て、浜辺で観た花火はとっても良かったです(o^_^o)
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4年越しの希望が叶ったのです。

そういう想いが自分の中で大きくなってから、
買ったり、観たり、食べたりすると、そのものの価値が実際より大きくなってより楽しめる気がします。

これは時間をかけることで自分でその付加価値を付けることが出来るということかも知れません。

そんな旅行を終えて自宅に帰って、
メダカに餌やりをしようと思ったら1匹を除いて白くなって沈んでいました。
そう、大量死していたのです。

大量死

写真はそんな中生き延びた強者のメダカ君です。

やっぱり部屋が暑かったのが良くなかったのだと思いますが、
かなりショックで悲しいです。

しかも、同時期にこれまた私の同居人であるコクワガタのメスが死んでしまいました。
多分こっちは寿命(だと思いたい)です。
なのでオスだけになってしまいました。
こちらも悲しいですが、実は私には同居人がまた増えました。

彼らはうちからでた生ゴミを1週間程度で全て土にしてくれる優秀な生き物です。
かの有名なダーウィンも彼らの素晴らしさに惹かれ研究をしました。

釣りに行くときは餌となり、電気も使わずに生ゴミを堆肥にしてくれる、優秀な彼らの名はそう「ミミズ」です。

「広島ミミズの会」の会長さんがシマミミズがたくさん住んでいる生ゴミコンポスト用のセットを下さったのです。


私は小さい頃埋め立て地の小学校に通っていたので、あまり周りに生き物がいませんでした。
でも、ミミズとダンゴムシとタニシ(今考えるとウミニナかもしれない…)だけはたくさん捕まえれて、
その中でもミミズは「みーちゃん」と呼んで可愛がっていました。
もちろん家に持ち帰ることは許されず、いつも家に帰る前に返してあげました。
ダンゴムシはこっそり学校の運動場の端っこで箱に入れてたら、ある日全員真っ白になって死んでしまってびっくりしました。
タニシも学校で買ってたらある日臭くなって死んでしまいました。

他にも今までたくさんの生き物の命を奪ってしまいました。
でもそうやって、生き物と触れあうことから学ぶことって他のものでは代えられない大事な経験だと思います。

そんな経験を出来る環境をこれからの世代にも残していきたいし、そうしなければいけないと思います。
次の世代に借金を残すのもいけないけど、それよりも経験を奪うことの方がもっといけないのです。


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夏休みの続き

夏休みの続き
先週の月、火曜日は夏休みを頂いて、大学で川の水質測定していました。
…が1日では測れないものの測定をしていたので、日曜日はその測定の続きをしていました(写真)。

ドロドロの白衣を着て蚊に刺されながらの実験だから体は疲れたけど、なんだか心の疲弊が楽になった気がします。

やりたいことを思う存分やれた学生生活は幸せだったなぁと思います。

今後もそう思えるよう、めいいっぱい色んなことに挑戦しよっと♪

これが私が年齢不詳な理由だと思われます。

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夏休み

私の会社は、3日間の夏休みがあります。

私はもう3日間休んじゃいました。

初めの1日は、病院に行ったり市役所に行ったりしました。

残りの2日は、8月17、18日でした。
14日の夜から実家に帰っていたので、普通なら実家でのんびり過ごすところですが、
16日に実家から戻り、
17、18日はプライベートで少しお手伝いしているホタルを復活させようというプロジェクトの一環で、
川(水路というべきかな?)の水を採ってきて、
水質測定をしていました。
(出身研究室にて)


17日は測定の準備をしつつ、
お昼には学生時代に参加していた職員さんたちのバドミントンに参加し、4ゲームもしたため今筋肉痛に襲われていますf(^_^)

大学には友達やお世話になった方々がたくさんいるので、
そんな皆さんと会えたのも楽しかったです。

7年間愛用している洗濯しても汚れがとれない白衣を着て廊下を歩いていると、
「馴染み過ぎてて気付かなかったけど、あさみんじゃないヽ(´ー`)ノ」
と声をかけてもらったり、まさに実家に帰ったような感じでした。

そんな風に迎えてもらえるところがあるって幸せなことだなぁと思います。

体は疲れたけど、心のリフレッシュが出来たお休みの日々でした。

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博士になったから?

15、16日は、実家に帰り、両親とゆっくり過ごしました。

14日の夜は久しぶりのお母さんの手料理と、日本酒でたくさん話をしました。
こんなに話したのは久しぶりな気がします。
しかも、話の内容が今までと大きく変化していました。

3月に早期退職した両親は、最近2人で山に登ったり、ハイキングしたりして、自然に興味が出てきたらしく、
今まで環境問題の話をしたことはあまり無かったのですが、
「温暖化ってそんなに大変なん?」
と母親から私に聞いてくれました。

なので、
温暖化の現状ととるべき対策と日本の現在の対策などについて、説明しました。

実は私は市長から委嘱を受けた審議員の一人として、
東広島市の地球温暖化対策推進計画の策定に深く関わらせて頂きました…のにも関わらず、
親にその事を伝えてはいたものの、
温暖化について話をする機会がなく、
今回が親に説明をした初めての機会だったと思います。


家族、特に親に伝えるのが最も難しいというのが私や私の周りでエコを実践している人の共通の悩みなので、
その最大の関門を突破したのかもしれない!?と思えた帰省でした。


私は16歳の時に和歌山高専の環境・福祉ボランティアサークルamebaで活動し始めて、
それから、
ゴミ拾い、下草刈り、松枯れ林の保全、ケナフ栽培、植林、NPOの幽霊会員、環境サークルの立ち上げ、環境本(?)の出版、自然観察会の開催、環境講演、学生の環境ネットワークの確立、環境省認定環境カウンセラーへの登録、環境の研究での学位取得(博士になったということ)などなど、
色んなことをしてきました。

それは全て良い社会にしたい、そのために自分が役に立ちたいと思って、
自分が好きで楽しんでやってきたことです。

だからずっと学生だって言われたり、バカにされたりすることにも堪えてきました。
いつか分かってもらえる時がくるから、それまで自分を磨かなくちゃと思って。
(今ももちろんそう思っています。磨かなくちゃと思わなくなったらおしまいです。)


しかし最近、博士になったからか、周りの反応が変化してきました。

それは、今いくつか仕事以外でチャレンジしている事柄の中でも感じられますが、
この帰省中にも感じられたのが嬉しかったです。

一昨日は今までの私の姿を見ていた父親が親戚のおばちゃんに私がなぜ今の選択をしているか、説明してくれました。
こんなに理解してくれているとは思っていなかったのでびっくりしました。
素直に嬉しかったです。

父の日プレゼントと母の日プレゼントに贈ったマイ箸も嬉しそうに使ってくれていて、
お店でマイ箸あるから割り箸いりませんって言っていたり、
突然親の行動が変化し始めたことが衝撃でした。

これからも、自分を磨きながら目標に向かってコツコツ積み重ねつつ、またに大胆に、頑張って行きたいと思います(o^_^o)

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日本酒

日本酒
日本酒
日本酒
日本酒
15歳から20歳まで寮で暮らし、20歳から一人暮らしをしている私は、人生の半分近く親と暮らしていません。

だからという訳ではありませんが、
「盆と正月は実家に帰って来るよね?」
という母親の言葉を聞くと帰らなければと思ってしまうようで、今実家に帰る新幹線の中です。

ただ実家といっても、親は転勤族だったので、私が広島にいる7年の間でさえ、
和歌山県→三重県→(早期退職)→兵庫県(親の持ち家)
と移動していて…私は昔から実家と出身地の説明がうまく出来ません。
これからは実家は兵庫県と言えそうで、一つ悩みが消えました。

そんな実家ですが、お盆に帰って来なさいと言われる割に、
お盆だからご先祖様を迎える準備とかしたことがなく、あまり感覚としてお盆がよく分かりません。

ちなみに実家は兵庫県西宮市、祖父の家は兵庫県芦屋市にあり、
田舎に帰る…ではないのです。
実家に帰ると、三ノ宮(神戸)も梅田(大阪)も電車で15分分、260円の距離なので私の住んでいる広島県東広島市の方がよっぽど田舎で…好きなのです。

広島ではこの時期、盆灯籠(竹で出来ていて、お墓に立てるのが風習らしい)がスーパーに並んだりして、田舎らしくていい感じです。

そんな広島県東広島市と私の実家の兵庫県西宮市には共通点があります。
それは、どちらも名醸地であること。
つまりお酒の名所なのです。

西宮市は灘の酒の酒蔵が沢山あり、私の中学生の時の校区とその周辺には、
大関、白鹿、沢の鶴(その他にもたくさん)
の酒蔵があり、アサヒビールの西宮工場まであります。

阪神大震災のとき、私の実家から徒歩1分の沢の鶴の宮水井戸が開放され(通常は開放されていません)、それを汲ませてもらいました。


一方、東広島市西条町もお酒が有名で、毎年10月には「酒祭り」というお祭りが開かれ、観光バスも来るし、街中が酔っ払いで溢れかえります。
そのときは、広島大学西条キャンパス(一つのキャンパスとしては日本一だったはず)の駐車場は酒祭りの臨時駐車場になり、臨時バスも走ります。


そんな西条に住んでいる私の帰省土産はもちろん日本酒です。

お正月に賀茂泉の純米大吟醸を買って帰ったら、親戚一同大絶賛でした。
なので重いけど、また日本酒を買って新幹線に乗り込みました。

ちなみに私の家系はみんなお酒が好きみたいで、
私も手酌して飲み続けてしまうような典型的な飲んべえです。

飲んべえは、色んな方が美味しいお酒を教えてくれるという特典があります。

先日は異業種交流会を主催しておられる方が、その二次会に熱燗しか出さないお店に連れて行って下さいました。

写真はそのときに飲んだお酒の一部(どれだけ飲んだかよく分からないので)です。

私は日本酒の中でも、純米酒(つまり醸造用アルコールが入っていないもの)しか買わないことにしています。

それは日本は○○風のものが多くて、本物がどんどんなくなっていっているからです。
着物もそうだけど、それを続けるうちに、本物を作る人がどんどん減ってしまっています。

これが続くと私たちは本物を失ってしまいます。
失いたくなければどうすればいいか、それは本物を私たちが買うことです。
職人を守れ!って運動するより、それを購入した方が明確にその想いは伝わります。

だから、日本酒に限らず本物、手作りのものを購入したい!というのが私の買い物の根本なのです。

それに難しいこと考えなくても純米酒、美味しいですよ(^_-)

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ズッキーニ?

ズッキーニ?
昨日、ベランダのきゅうりを初収穫しました。

畑で育てていたときには、すぐ巨大になっていたのに、ベランダのきゅうりはなかなか大きくなりません。
しかも、実が萎れてしまうものまであって…やっぱりプランターではむずかしいのかなぁと思いつつ収穫したのが上の写真のきゅうりです。
この写真は私に食べられる1分前のものです。

このあと、おいしく朝食のサラダにして頂きました…といきたいところですが、包丁で切ってみると、普通のきゅうりとなにか違っていて、みずみずしいポリポリという感じでなく、サクサクというか不思議な感じでした。
きゅうり臭くはないけれど、ギュッときゅうりの成分が凝縮されたような、そう、ズッキーニのような感じだったのです。

これはこれでおいしかったのですが、なぜこんな風になったのかよくよく考えてみると、
最近凹み気味だった私の部屋は新聞が溢れて…ベランダの植物達にもお水をあまりあげていませんでした。
だから、きゅうりの隣の青じそも萎れかけていて、急いで水をやったら大部分の青じそは復活しました。

そんな色んなことを全てを総合して考えたところ、きゅうりとズッキーニは共にウリの仲間なので、水をあまりやらないときゅうりはズッキーニのような食感になる。
もしかしたら、ズッキーニに水をたっぷりあげて育てたらきゅうりのようなポリポリの食感になるのかなぁとワクワクしてきました。
やはり、「百聞は一見にしかず」で、きゅうり一つにしてもきゅうりの育て方の本を読んでも、
水をあげる必要があることは分かっても、水が少なすぎるとズッキーニみたいになるとは分からないです。

子供のころに生き物を育てる経験が出来るって素晴らしいことだし、
大人になってからだってそれを経験するのはちっとも遅くないです。

その目の前で起こっていることに素晴らしいと感動する感性さえ持ち続けていれば、それを経験する年齢なんて関係ないのです。

と書いていて、レイチェル・カーソンの「センスオブワンダー」を思い出しました(同様のことが書いてある本です)。
レイチェル・カーソンが50年前に思ったことを今の私も思ってるということは、それがやっぱり本質なんだと思います。

きゅうりから飛躍してしまいましたが、歳はとっても感性だけはピチピチでいたいと改めて思った朝食でした。

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