« 気になってたこと | トップページ | 日本酒 »

ズッキーニ?

ズッキーニ?
昨日、ベランダのきゅうりを初収穫しました。

畑で育てていたときには、すぐ巨大になっていたのに、ベランダのきゅうりはなかなか大きくなりません。
しかも、実が萎れてしまうものまであって…やっぱりプランターではむずかしいのかなぁと思いつつ収穫したのが上の写真のきゅうりです。
この写真は私に食べられる1分前のものです。

このあと、おいしく朝食のサラダにして頂きました…といきたいところですが、包丁で切ってみると、普通のきゅうりとなにか違っていて、みずみずしいポリポリという感じでなく、サクサクというか不思議な感じでした。
きゅうり臭くはないけれど、ギュッときゅうりの成分が凝縮されたような、そう、ズッキーニのような感じだったのです。

これはこれでおいしかったのですが、なぜこんな風になったのかよくよく考えてみると、
最近凹み気味だった私の部屋は新聞が溢れて…ベランダの植物達にもお水をあまりあげていませんでした。
だから、きゅうりの隣の青じそも萎れかけていて、急いで水をやったら大部分の青じそは復活しました。

そんな色んなことを全てを総合して考えたところ、きゅうりとズッキーニは共にウリの仲間なので、水をあまりやらないときゅうりはズッキーニのような食感になる。
もしかしたら、ズッキーニに水をたっぷりあげて育てたらきゅうりのようなポリポリの食感になるのかなぁとワクワクしてきました。
やはり、「百聞は一見にしかず」で、きゅうり一つにしてもきゅうりの育て方の本を読んでも、
水をあげる必要があることは分かっても、水が少なすぎるとズッキーニみたいになるとは分からないです。

子供のころに生き物を育てる経験が出来るって素晴らしいことだし、
大人になってからだってそれを経験するのはちっとも遅くないです。

その目の前で起こっていることに素晴らしいと感動する感性さえ持ち続けていれば、それを経験する年齢なんて関係ないのです。

と書いていて、レイチェル・カーソンの「センスオブワンダー」を思い出しました(同様のことが書いてある本です)。
レイチェル・カーソンが50年前に思ったことを今の私も思ってるということは、それがやっぱり本質なんだと思います。

きゅうりから飛躍してしまいましたが、歳はとっても感性だけはピチピチでいたいと改めて思った朝食でした。

|

« 気になってたこと | トップページ | 日本酒 »

生き物」カテゴリの記事

コメント

キュウリも育て方で味がかわるんですね。 

なんでもそうなのかもしれませんがキュウリに水をあげる=愛情ですね。 

私もある講演会で同じような内容を聞きました。 
愛情を持って行うことは感謝につながる。 
日頃私達はどれだけ感謝をしているかで周りに愛情を与えることができるのかなと思います。 

あさみんさんに気付かせてもらえて感謝してます。

投稿: KUNI | 2009年8月10日 (月) 21時16分

KUNIさん

辛いことがあっても、納得できないことがあっても、
それで腹を立てて誰かを責めても、
その事実はなくならないし、良くならない。
それなら、それを良くするにはどうすればいいか考えて行動したほうがいい。

ということは、感謝をして過ごした方がいいということですね。

自分を愛せないと他の人を愛することができないんですよね。
だから、まずは自分を愛せるようにならなきゃですね。

私が大学院で最もお世話になった先生が、
「人の価値はどれだけ周りの人を幸せにできたか(1人の人を深くでも、浅くたくさんの人でもいい)できまるんじゃないか」と言われていました。
少しでも多くの人が幸せを感じられる世の中にしたいですね。

投稿: あさみん | 2009年8月10日 (月) 22時10分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ズッキーニ?:

« 気になってたこと | トップページ | 日本酒 »